○戯論遊戯○

無知蒙昧な人間が記す、ブログ。日々勉強。

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■ピクサースタッフの遊び心 同人トランプ『54 Intercontinental Cuties』



 ピクサーのストーリーボードアーティストのビル・プリージング(Bill Presing)とジョシュ・クーリー(Josh Cooley)の2人が自主制作し、アメリカ版のコミケ「コミコン・インターナショナル」で2010年に販売された同人トランプ。

 ディズニーキャラクター風のセクシーでキュートなピンナップガールのオリジナルイラストカード54枚(すべて絵札)をそれぞれ27枚ずつ2人で分担して描いている。タバコの箱のようなパッケージデザインもオリジナルだそうだ。
 カードの裏面にスチュワーデスが描かれているように、世界各国の美女がテーマ。額縁の外は下着のイタリアのモナリザ、焚き火の煙がハート型になっているアメリカのインディアン、蛇で出来た髪をパーマかけているギリシャのメドゥーサ、マトリョーシカ人形の中に隠れている豊満なロシアの赤ずきん、極寒のアイスランドで凍結している裸の女性、禁断の果実の山をモリモリ食べているエデンのイヴ、など時代や時には国も関係なく題材として選んで、発想を自由に羽ばたかせている。
 日本も題材に選ばれているが、髷を結い廻しを締めた裸の女性ふたりが乳相撲をしているという図である(苦笑)。ちなみに、ジョーカー2枚はそれぞれ北極と南極でポールダンスをしているダンサー。南の方はペンギンともども下に落ちそうになっているなど芸が細かい。

 イラストを可能な限り、ゲームをするのに支障が出ない範囲で、大きく見せたいという意図があり、カードのサイズが通常よりやや大きめである(約76mm×107mm)。2人のどちらがどのイラストを描いたかわかるお品書きカードも封入されている。


お気に入りの1枚。セクシーなホビットにメロメロなサウロン。

 制作者のビル・プリージングは、ピクサーの同僚であった堤大介が企画した「スケッチトラベル」に参加しており、過去の経歴を調べていた過程で筆者はこの同人トランプの存在を知った。ちなみに「トトロフォレストプロジェクト」にも参加。そのときは、森の川で水浴びする女性をのぞき見・衣服を盗ろうとするトトロのイラストを提供している。
 もうひとりの制作者ジョシュ・クーリーは「スケッチトラベル」「トトロフォレストプロジェクト」のどちらにも参加していないが、2017年公開予定の『トイ・ストーリー4』でジョン・ラセターとの共同監督に抜擢されたので、今後、ジョシュ・クーリーの名前を聞く機会は多くなるかもしれない。

 Amazonでは一般流通はしていないようだが、「コミコン・インターナショナル」での販売のあと、制作者の個人Webサイトで通販を開始(ビル・プリージングのブログからはまだ購入が可能のようだ)。ラフ・スケッチなど、トランプのイラスト制作の裏側もブログで公開しているので覗いてみてはどうだろう。

Daily Peril(Bill Presing)
54 Intercontinental Cuties
More Intercontinental Cuties
Yet More Intercontinental Cuties
Intercontinental Box Art
Intercontinental Process
COOLEY!(Josh Cooley)
54 Intercontinental Cuties!
MORE 54 Intercontinental Cuties!
54 Intercontinental Cuties!: The Process



 関連当blog記事
宮崎駿『風立ちぬ』試論1.0
児童文学のススメ 「宮崎駿が選んだ50冊の直筆推薦文展」

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テーマ:トランプ - ジャンル:ゲーム

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  1. 2015/04/20(月) 22:07:17|
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■立原道造 『鉛筆・ネクタイ・窓』

鉛筆・ネクタイ・窓
立原道造




 僕は、自分のかんがへを色鉛筆で辿らうとする。あの黑い線を紙の上にのこしてゆく普通の鉛筆がなんとなくきらひなのだ。黑い字でかんがへた思想と綠の字や靑い字でかんがへた思想とは自然にどうしてもちがつてゐるやうにおもはれる。ひとはよく、ペンと毛筆とで書かれた文章のそれぞれの微妙なちがひを言ふことがある。それとおなじやうなことなのだ。
 鉛筆が白い紙の上を滑つてゆくときにはいいかんがへがひとりでにながれ出る。それがためらひがちな足どりをするときには、かんがへが滑らかにながれ出ないのだらうか、それともすべりのわるい鉛筆がかんがへを妨げてゐるのだらうか。小學生のたどたどしい數字が西洋半紙のうへにごしごしと押しつけられてゐるのを見ると、小學生の頭のなかで組み立てられてゐる算術の世界が可愛らしい建築のやうに眼に浮ぶ。まちがへられた計算の途中で、算用數字はちひさい穴になつて、その計算ちがひの穴のあちらに、算術よりももつとひろい世界に桃の花が咲いてゐたりトンボが飛んでゐたりするのが見えるやうだ。
 よく切れるナイフで鉛筆を削るのはなんとうれしいのだらう。色鉛筆の赤い粉の散るのがうれしくて草にねて削つたといふ昔のひとの心ばえがしのばれる。削らないままの鉛筆を二本ほど机の上にのせたままおいて幾週間か過ぎたら、それにナイフをあてるのがむごいやうな氣がして、たうとう削らないままになつてしまつた。削らない鉛筆は、ともらない洋燈のやうにかなしい。しかし本をよんだり物を書いたりするのに疲れた眼を、その二本の鉛筆の上にひよつとおとすと心はなんとなくあたたかくなるのだ。「駒込ロンドン」といふ隨筆のなかで、若い日の室生さんが西洋蠟燭を二本宛靑木堂で買はれて部屋に飾られて貧乏除けの咒(まじな)ひにされてゐたことを讀んだ。僕の二本の鉛筆もさういふ氣持を、氣持の奥にひそめてゐるのではなからうか。だからその鉛筆はムーンスターやトンボではいけなくて舶來のお城のしるしのついた鉛筆なのだ。「バヷリヤでつくられた」とちひさい金文字がちりばめられてゐた。とほいとほい國、はるかな海のあちら、そして何にとも知れない郷愁。そんな心のありどころが、僕には二本の鉛筆をぼんやり見てゐるときに、それをとほりこして自分ながら、かなしくなつかしいのだ。




 僕は夜店のやうなところで一本金二十錢也のネクタイを買つてはしめることにしてゐる。上等のきれいなネクタイをきちんとしめてゐることは僕にもずつとうれしいことだが、あのだれもかれもがしめてゐるなんの人生へのフアンシイもないやうなありきたりのネクタイだけはどうしてもきらひなのだ。それよりも身ぎれいな人びとは輕蔑して見かへりもしないやうな金二十錢也のネクタイからあはれな一本をえらび出して身につけることはどんなにかなつかしいことだらう。だがそれらはすぐにしわだらけになつてしまふ。或るひとつははじめてそれをつけたときには友人たちがじつにいいネクタイだとほめてくれた。ピカソの繪のやうな色の調子だなどと言つて。それが次の日には、すつかりしわだらけになつてしまつた。そしてやがてよれよれになつてだれも見かへらなくなり、そのときはじめて僕はしみじみとそのネクタイを愛するやうになつた。だがどうしてこんなにはかなくそれらはしわになつてしまふのだらうか。安物の人絹だからなどといふ理由はたいへんに無意味である。僕は何かしらもつとあはれなはかない理由のことをかんがへてゐる。そしてそれを結ぶとき、その理由の世界へなつかしさを感じながら、いつもそのよれよれを襟に飾つて街を歩きまはる。
 そして僕のけふのひとつのねがひは、東京でなく、コペンハーゲンやプラーグやストツクホルムやオスローやウヰンで、そんなネクタイを手にいれてそれを飾りたいといふことだ。




 僕は、窓がひとつ欲しい。
 あまり大きくてはいけない。そして外に鎧戸、内にレースのカーテンを持つてゐなくてはいけない、ガラスは美しい磨きで外の景色がすこしでも歪んではいけない。窓臺は大きい方がいいだらう。窓臺の上には花などを飾る、花は何でもいい、リンダウやナデシコやアザミなど紫の花ならばなほいい。
 そしてその窓は大きな湖水に向いてひらいてゐる。湖水のほとりにはポプラがある。お腹の赤い白いボオトには少年少女がのつてゐた。湖の水の色は、頭の上の空の色よりすこし靑の强い色だ。そして雲は白いやはらかな鞠のやうな雲がながれてゐる、その雲ははつきりした輪廓がいくらか靑に溶けこんでゐる。
 僕は室内にゐて、栗の木でつくつた凭れの高い椅子に坐つてうつらうつらと睡つてゐる。夕ぐれが來るまで、夜が來るまで、一日、なにもしないで。
 僕は、窓が欲しい。たつたひとつ。……

 ……僕が、「窓のないモナド」といふことをかんがへてゐたとき、心の裂目に浮んだ夢のやうなねがひだ。論理や思考の石だたみのあひだに雜草が芽生えるやうにこのやうなフアンシイは勢よく伸びる。僕の心は、かへつてほかの場合とおなじやうにこのやうな雜草の方に强く惹かれる。
僕があの鐵道草の白い花を愛するやうに。




底本:『立原道造全集 第6巻 雜纂』 角川書店 258-260頁
  1973(昭和48年)年7月30日初版発行
入力:紫の豚
2013年8月4日作成


テーマ:雑記 - ジャンル:小説・文学

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  1. 2013/08/04(日) 12:00:00|
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■宮崎駿『風立ちぬ』試論1.0

 2011年1月8日、『コクリコ坂から』制作の真っ只中にあるジブリの制作スタジオを他所に、一人アトリエで新たな長編映画の企画書を書き始めた宮崎駿をTVカメラが捉えていた(2011年8月9日放送『NHK ふたり/コクリコ坂・父と子の300日戦争~宮崎駿×宮崎吾朗~』の一場面)。 鉛筆で企画書の文章を書いている宮崎駿の側には、眼鏡をかけた青年の横顔のスケッチが描かれた紙が置かれていた。NHKのコクリコドキュメンタリーが放送される数日前、宮崎駿の新作は“自伝”であると鈴木敏夫プロデューサーが明かしたという報道があった。だから、その“眼鏡をかけた青年”は宮崎駿自身ではないかと思った視聴者もなかにはいたのではないだろうか。一方で、「ポニョ」公開後の2009年に宮崎駿が月刊モデルグラフィックス誌で連載していたマンガを購読していた読者の頭にはある疑念がよぎる。あの零戦設計者・堀越二郎(眼鏡をかけていた)が主人公のマンガ『風立ちぬ』が映画化されるのかもしれない、しかも主人公はマンガにあったような豚鼻ではなく人間の顔をした姿で、と。その漠然とした思いつきは、新作の絵コンテ執筆に取り掛かった宮崎駿の作画机正面に貼られた絵によって、たちまち確信に変わった。『風立ちぬ』の主要人物であったジャンニ・カプロニーが「デッカイ飛行機つくるぞ」と書かれた文字とともに、そこにいたからだ。

 NHKのドキュメンタリー放送の10日後に発売された『CUT』2011年9月号掲載の宮崎駿のインタビューで、「戦争の道具を作った人間の映画を作る」「その男はその時の日本の、もっとも才能のあった男」「でも、ものすごく挫折した人間」「美しいものを作ったけど、それが高性能の武器だったという。ある意味では悲劇の主人公」と、宮崎駿の新作が『風立ちぬ』であることの裏付けとなる発言が多々なされた(『CUT』2011年9月号の発売により、宮崎駿の新作は『風立ちぬ』との噂がネットの一部で広まることとなる)。
 ピクサーでアートディレクターを務めている日本人・堤大介が企画した「スケッチトラベル」に参加した宮崎駿はそのスケッチブックの最終ページに、カプロニーの奇怪な巨大三葉旅客機(Ca48だと思われる)とそれを見上げる少年期の堀越二郎を描いた(描画期間2011年1月26日~1月27日)。奇しくも宮崎駿の新作イメージボード初公開となったオリジナルを複製したフランス語版「スケッチトラベル」は2011年10月5日に出版された(日本でも遅れて翌2012年8月15日に日本語版「スケッチトラベル」が発売)。
 2011年12月東宝ラインナップ発表にジブリ新作の情報はなかったが、翌年1月10日発行のジブリ機関紙『熱風』1月号にて宮崎駿の新作は2013年夏完成に向けて制作が進められていることが明らかになる。
 2012年4月1日、新作制作で忙しい宮崎駿が衆人の前に姿を現したのはアルカス大橋さんが制作した9葉8発化け物ヒコーキ・カプロニーCa60ラジコン機のお披露目会であった(またしてもカプロニー!)。アルカス大橋さんは、月刊モデルグラフィックスで宮崎駿が『風立ちぬ』を連載中、“ラジコンの神様”松田恒久さんに代わって依頼を受け、堀越二郎のエポックメイキングであり「日本でいちばん美しいヒコーキだ」と宮崎駿が語る“三菱の九試単座戦闘機 試作一号機”のラジコン機を制作した達人。宮崎駿が見学したRC「九試単戦」公開飛行会(2009年10月4日)のレポートは月刊モデルグラフィックス2009年12月号誌上、『風立ちぬ』第8回連載ページすぐあとに掲載された。宮崎駿がラジコン飛行会に来たのはそのとき以来、2年半ぶりである。プライヴェートな訪問にしては、ジブリ美術館関係者の他、賀川愛・高坂希太郎、吉田昇、奥井敦といった作画・背景・撮影の部門でスタジオジブリ作品を長年支えてきた主要スタッフまで引率してきており、Ca60のお披露目以外に、RC零戦の飛行とRC九試単戦の再飛行もおこなわれ、さながらジブリ新作の作画参考会の様相を呈していた。アルカス大橋さんのブログを読むと、どうやらCa60の制作もジブリ側の依頼によるもので(その証拠にCa60の胴体頭にはジブリ美術館の紋章が付いている)、カプロニーの飛行機としてはCa3のラジコン機を既に完成させており(この機体の飛行もMRC春の飛行会(2012年4月1日)で披露された)、1920年代末には世界最大だったカプロニーの巨人爆撃機Ca90の制作予定もあるようにみえる。これらはすべて宮崎駿のマンガ『風立ちぬ』に登場した飛行機たちである。
 2012年11月2日、東宝アドが「KAZETACHINU.JP」のドメインを取得した、という情報が発見される。取得されたドメイン名から、宮崎駿の11本目となる長編アニメーション映画タイトルは、『飛行艇時代』(月刊モデルグラフィックス連載)が『紅の豚』になったようなタイトル変更はなく、マンガ版と変わらず『風立ちぬ』のままになりそうだ。(こじつけかもしれないが、『風立ちぬ』の「ぬ」の文字のなかに「の」が入っていると考えれば、宮崎駿の長編映画タイトル「の」の法則は守られる。)

 2011年3月28日、宮崎駿は『コクリコ坂から』主題歌発表記者会見の場で、「今まで自分たちが作ってきたファンタジーを作る時期ではない」「人間を描かなければいけない」「今、私が進めている(次回作の)準備というのは、まさに等身大の人間が出てくる映画です」と語った。“等身大の人間”を描くとは、マンガ版『風立ちぬ』で一部のキャラ(女性やカプロニーなど)を除いたほとんどの人物(主人公・堀越二郎も含む)が豚面をしていたのは違い、全員を人間として正面から描くという宮崎駿の声明ともとれる。「スケッチトラベル」の宮崎駿の絵は、そうした姿勢を窺い知れる一枚である(マンガ版『風立ちぬ』では、堀越二郎少年は子ブタとして描かれていた)。
 宮崎駿の新作はファンタジーではない。しかし、実在した人物の人生を題材にしているからといって、ノンフィクションの物語というわけでもない。『風立ちぬ』では、七試艦戦設計の苦渋を味わってから九試単戦の設計に取り掛かるまでの間にあたる、昭和8年(1933年)夏の軽井沢で静養する堀越二郎が当地で出会った少女に恋をする。柳田邦男『零式戦闘機』によれば、七試艦戦に関わる直前、堀越二郎は結婚式を挙げ、既に妻帯者となっていた。だから、宮崎駿のマンガ『風立ちぬ』第6回の堀越二郎の告白「父上 菜穂子(少女の名前)さんとの結婚を前提にしたおつきあいをお認め下さい」や少女・菜穂子との軽井沢のロマンスは実在の堀越二郎とは矛盾することになる。はっきりいってしまえば「昭和8年堀越二郎・軽井沢の夏」は宮崎駿の創作ということになるのだが、そもそもが月刊モデルグラフィックス連載『風立ちぬ』の副題は「妄想カムバック」であり、軍事の雑学と薀蓄を推進剤にした宮崎駿の妄想全開マンガなのである。七試艦戦の型式を低翼単葉に定めるのに佐波次郎中佐にアドバイスを受けた史実通りのエピソードに付随して、「ぜひ君の美しいヒコーキをつくってくれたまえ」と文学者の堀辰雄(結核を患っているためか顔色が緑の犬の姿で登場)に言われ堀越二郎が自分の設計すべき飛行機のデザインが見えたとする妄想エピソードが織り込まれるのが、宮崎駿の『風立ちぬ』である。堀辰雄といえば、信州の高原療養所を舞台にしたサナトリウム文学を書いたことで有名で、その代表作のひとつが『風立ちぬ』だ。宮崎駿のマンガと同じ題名ではないかとお気づきかと思うが、共通点はタイトルだけに留まらない。堀辰雄の『風立ちぬ』は婚約者の矢野綾子と共に富士見高原療養所(結核専門の療養所)に入所し婚約者を先に亡くした作家の実体験をもとにしており、小説のヒロイン「節子」(モデルは綾子)は療養生活の後に肺結核のため死ぬのであるが、宮崎駿『風立ちぬ』の少女・菜穂子もまた堀辰雄のヒロインと同じ運命を辿る。“菜穂子”という名前からして、堀辰雄の他の小説(『物語の女』『菜穂子』)からの引用であり、「昭和8年堀越二郎・軽井沢の夏」もまた、昭和8年に堀辰雄が綾子と出会った軽井沢の夏をもとにした小説『美しい村』の影響を受けている。宮崎駿の妄想力によって生み出された『風立ちぬ』は、堀越二郎の人生だけで飽き足らず堀辰雄の人生まで飲み込んでいる。そんな物語がノンフィクションであるはずがない。宮崎吾朗が三鷹の講演会でジブリの制作姿勢について「別の時代をフィクションで描く」と語っていたが、これは『コクリコ坂から』だけでなく『風立ちぬ』についてもあてはまることだ。「ジブリ汗まみれ」とある回での、「つくりもの(フィクション)とそうじゃないもの(ノンフィクション)があるとしたら、今は現代はね、やっぱりフィクションが力を失っている時代だよねっていう気がしてるんですよ。やっぱり僕はねどっかでね、フィクションを信じたいですよ」との鈴木敏夫の発言は、映画『風立ちぬ』完成に向けて孤独な作業を続けていかなければならない作家に付き添うプロデューサーの言葉として受け止めるべきだろう。

 東日本大震災が発生した、2011年3月11日、宮崎駿は関東大震災のAパートのラフコンテを切り終わったところだったという(『CUT』2011年9月号)。映画序盤にマンガ版『風立ちぬ』ではなかった関東大震災のエピソードが追加されるのは、宮崎駿の父親が本所被服廠跡で起こった関東大震災の惨劇の体験者であることと無縁ではないだろうし、間違いなく関係があるのだが(映画『風立ちぬ』は宮崎駿の父親の人生も飲み込んでいる)、ここではあえてそれ以外の要因を挙げてみたい。東日本大震災後に出版された池田清彦と養老孟司の共著『ほんとうの復興』で、養老孟司がこんなことを言っていた。「あまり言われていないことですが、僕は、日本が曲がっていったのは関東大震災の後からではないかと考えているんです。大正デモクラシーがなぜ、軍国主義に変わってしまったのか。そこには震災の影響が非常に大きかったのではないか」「あの震災(関東大震災)は何だったのかという歴史的検証はあまりない。それは、震災の歴史的研究というものがヨーロッパにはないから、学者の研究対象になかなかならないんでしょう。僕は、関東大震災がデモクラシーに与えた心理的影響は大きかったのではないかと思う」(『ほんとうの復興』)。養老孟司の言説を援用するなら、戦争へと突き進んでいく日本の端緒を関東大震災による帝都東京の荒廃として象徴的に宮崎駿の『風立ちぬ』は描き出すのではないか。鈴木敏夫は、宮崎駿の新作を「要するに戦争の話」(『CUT』2011年9月号)だとしているが、堀越二郎は戦闘機の設計者であるからあくまで技術者の視点からの話となるはずだ。戦争への道のりが関東大震災から始まったとしたら、その終わりはどこにあるのだろうか。「太平洋戦争の戦局が日増しに悪化していた昭和十九年(一九四四)十二月七日、東海地方を大地震が襲った。最大の急務として航空機の増産体制をとっていた三菱重工名古屋製作所大江工場(名古屋市)は、震源地に近かったため、事実上機能を停止した」「当時、総務課長で、昭和四十四年(一九六九)に三菱重工の社長に就任することになる牧田与一郎は、(中略)「戦争はもうあの地震で負けたと痛感した」という」「大江工場の床は三十センチ以上も波打っていたし、機械も冶具も精度が狂って使い物にならなくなっていた」(前間孝則『技術者たちの敗戦』)。1944年12月7日に発生した昭和東南海地震と相前後して、工場はB29の爆撃を受け、烈風の試作設計・零戦の改造設計・雷電の設計変更に奮闘していた堀越二郎はついに過労のため倒れた。関東大震災と東南海地震のどちらも宮崎駿のマンガ版『風立ちぬ』では扱われていなかったが、堀越二郎にとっての戦争(日中戦争、太平洋戦争)は「地震に始まり、地震で終わった」という裏テーマを持った映画をつくろうと宮崎駿はしているのではないかと私は睨んでいる。まだ関東大震災に加えて昭和東南海地震まで描かれるかはわからない、がしかし、大地震という天災と戦争を絡めて描くというのは、“繰り返し地震や火山、台風と津波に襲われてきた島”であり、これからも襲われ続けるであろう日本そのものを描くことに他ならないといえるのではないだろうか。



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テーマ:スタジオジブリ - ジャンル:映画

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  1. 2012/12/12(水) 21:05:32|
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■現代に生きる作家 未来を担う美術家たちDOMANI・明日展2010<文化庁芸術家在外研修の成果>


 <開催期間>
 2010年12月11日-2011年1月23日

 <展覧会について>
  文化庁は、将来の我が国芸術界を支える芸術家を支援する
 ため、若手芸術家を海外に派遣し、その専門とする分野について
 研修の機会を提供する、「在外研修(新進芸術家海外研修
 制度)」を昭和42年度から実施しています。
  「DOMANI・明日展」は、この制度の成果発表の場として
 これまで12回開催してまいりました。様々なジャンルから
 選出された、現在活躍中の12名の作家が各々の世界を
 展開します。美術界の明日を担う作家たちの多彩な表現が
 一堂に会する、貴重な機会をぜひお楽しみください。

 [出品作家](派遣年度順・五十音順)
  古郷秀一(彫刻)、三好耕三(写真)、遠山香苗(絵画)、
  近藤弘(陶造形)流麻ニ果(絵画)、深井聡一郎(彫刻)、
  鈴木涼子(現代美術)、赤崎みま(写真)神戸智行(日本画)、
  近藤聡乃(現代美術)、町田久美(絵画)、
  山口紀子(ファイバーアート)

 しばらく前に既に終了した展示ではあるが、印象深かったので今更ながらブログに書くことにする。この展覧会は六本木の新美術館で開催され、その詳細は上の<展覧会について>などをみてもらえばわかると思うが、国からの支援で研修として海外に行ってきた(もしくは今も行っている)美術家たちの作品の展覧会である。「在外研修(新進芸術家海外研修制度)」という制度があることをこの展覧会で私は初めて知ったけど、日本を出て海外で学ぶという点では古くは遣隋使からあるもので、夏目漱石も国からの指令で英国に留学して、その経験が漱石の小説に大きな影響を与えていることは有名だ。もしかしたら、この制度を利用した美術家の中から世界的に有名になるような芸術家がでてくる可能性もあるかもしれない。


ショップで買ったポストカード。<右上>鈴木涼子「ANIKORA-kawaii no.6」<左上>町田久美「手紙」<下>近藤聡乃「waiting-sketch」(部分)

 ここからは展示で気になった作家について語りたい。

 まずは、アニメのフィギュア風の姿態にリアルな顔をしたアンビバレントな作品で目を引く鈴木涼子について。その作品は、村上隆の等身大フィギュアを想起させるが(※鈴木涼子のは平面作品)、リアルな顔は作家自身のもので自画像の変形の一種ともいえる。実質、顔のすげ変えで人にインパクトを与える仕掛けをつくっていて初めて作品に対峙したときに意表は突かれはするものの、視線を顔から逸らせば、顔以外のフェティッシュを持つ人間にとってはよくできている。それに、顔と身体との違和感は(あるにはせよ)表立って目立たせないような努力がされているため、不快感はさほど感じさせない。彼女の「ANIKORA-kawaiiシリーズ」は可愛さを求める日本的な風潮を風刺する意図があるようだけど、彼女の技量がかえって、その意図を弱めているような気もする。それとは逆に、彼女の別シリーズの内臓系の肉で顔を覆った写真や中年のだらしないヌードを撮った写真などは見る者を忌避させてしまう傾向が強いように感じられ、私は鈴木涼子の作品に作り手と受け手との深い溝をみた思いがした。

 町田久美の名前は以前耳にして知っていたが、実際に作品を観たのは初めてだった。シンプルな太い描線に、控えめな彩色。言われなければ、彼女の絵が日本画の技法で描かれているとは気づかなかったかもしれない。彼女の作品の前に立つと、その絵の迫力に息を呑む。絵に描かれているのは子どものようであるが、かといって可愛げがあるわけではなく、どこか不敵な表情を浮かべていて、現実離れしている。その量感が伝わってくる姿は、キャラクター的というより人体的だ。捨象された画面だからこそ、その作家の力量が浮き彫りになる。
 図録で文化庁の野口玲一氏が語っているように、多様なメディアを用いて表現をおこない、表現媒体でのジャンルの分類から逸脱する作家が現れてきている(今展覧会では「現代美術」という分類がそのような作家にあてられている)。日本画の技法を用いながら、従来とは違う表現をおこなっている町田久美もまた、表現という意味ではジャンルの枠組みから逸脱している作家だろう。

 近藤聡乃は、マンガ、アニメーション、絵画と様々なメディアを使い分けて、表現をおこなっている作家だ。2010年にニューヨークのグッゲンハイム美術館が主催した「YouTube Play:A Biennial of Creative Video」で、彼女が制作したアニメーション『てんとう虫のおとむらい』のダイジェスト動画が上位25作品のひとつに選ばれるといったように近年注目されており、今展覧会で参加している作家の中で一番若いにもかかわらず、知名度の高い作家である(アニメーションという表現媒体の間口の広さも知名度の高さの理由のひとつであるのは間違いない)。展示内容は、完全版『てんとう虫のおとむらい』のアニメーションや絵画など過去作品もあったが、現在制作中の新作アニメーション『KiyaKiya』のための大量のスケッチが公開されていて、近藤聡乃ファンとしては期待が高まった。作家が自作について語るギャラリートークがあって、近藤聡乃の回に参加したので見聞きしたことを書くと、過去作品について『電車かもしれない』は900枚、『てんとう虫のおとむらい』は3000枚の動画が使用されているそうで、一枚一枚描く手間を考えると個人でアニメーション制作することの苦労が偲ばれる。新作アニメについて、『KiyaKiya』というタイトルは「胸がキヤキヤする」というデジャブーを意味する昔の日本の言葉に由来。そして、新作は「紙芝居」がキーポイントとなるそうだ。近藤聡乃のギャラリートークの中で、最も興味深かった話は、描く女の子のキャラクターは自身が太ったり痩せたりすると、キャラクターもそれにつられて太ったり痩せたりするという事。是非、近藤聡乃のキャラクター「英子」が白髪になるまで画業を続けてほしい。
 最近発売した青林工藝舎出版の「アックスvol.79」では、雑誌の巻頭に彼女のインタビューが掲載されていて、制作中の『KiyaKiya』についてはもちろんのこと、海外での生活についても語られているので、近藤聡乃ファンには購入をオススメする(表紙も近藤聡乃)。このインタビューの情報によると、新作アニメーションでは音楽は、サックス奏者のジョン・ゾーンが担当するとのことだ。

 ここまで記事を読んでもらえば、私が近藤聡乃目的で展示を観に行ったことがわかってしまったかもしれないが、それは事実として最後にDOMANI・明日展2010の総評を述べると、きっかけは近藤聡乃だったとしても、この展示のおかげで知らなかった同時代の現代に生きる美術家たちの作品に出会えることができ、その良い機会となったと思う(この記事で書かなかった作家の作品の中にも優れたものは、多く見受けられた)。



 関連当blog記事
越境する作家 近藤聡乃『電車かもしれない』&『てんとう虫のおとむらい』

テーマ:美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル:学問・文化・芸術

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  1. 2011/03/04(金) 05:30:45|
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■スタジオジブリの好奇心 小冊子『熱風』2010年6号 特集「赤毛のアン」



 『借りぐらしのアリエッティ』の最新の予告映像がTV番組(日本テレビ系列)で昨日解禁されたようで、これから公開日に向けて『アリエッティ』の情報が色々と増えてきそうですが、私が今日紹介したいのは『アリエッティ』についてのことではなく、毎月10日にスタジオジブリが発行している小冊子『熱風』についてです。

 この小冊子は、スタジオジブリの機関紙ですので、毎号ではありませんが、たびたび高畑勲や宮崎駿のインタビューやらコラム、または講演会での発言内容などが掲載されており、高畑勲・宮崎駿ファンの私にとっては二人のどちらかの記事が載った『熱風』は見逃すわけにはいけません。以前、私がこのブログで紹介した高畑勲の著書『一枚の絵から 海外編』と『一枚の絵から 日本編』の2冊はそもそも実はこの『熱風』で掲載されていたものをまとめたものです。
 基本的に『熱風』の毎月のテーマ(特集)は、その時々にスタジオジブリが関心を示していることから決められ、アニメと関係がないものの特集になることも多いです。例えば、今年の3月に発行された『熱風』では「村上春樹」特集、4月は「歌舞伎座」特集といったように時勢に沿ったような特集もみられます。高畑勲や宮崎駿が『熱風』の紙面に載るときは、大体二人のどちらかが非常に興味関心がある特集であるか、何かしらのかたちで関わった作品が特集される場合のどちらかです。

 今月の『熱風』は、今年の7月17日から渋谷シネマ・アンジェリカなどで『赤毛のアン~グリーンゲーブルズへの道~』が公開されることからか、「赤毛のアン」特集でした。この『赤毛のアン~グリーンゲーブルズへの道~』はTVシリーズの1~6話を、演出の高畑勲自身が監修して再編集した劇場版だそうで、再編集された1989年当時には正式な公開には至らなくお蔵入りしていた物をこれは勿体無いとして、この夏に小規模ではありますが、映画館で公開するようです。特集の記事には、TVシリーズ『赤毛のアン』の制作者からは演出の高畑勲とプロデューサーの中島順三の二人の記事がありました。
 まず高畑勲の記事を読んでわかったことは、『赤毛のアン~グリーンゲーブルズへの道~』というのは「冒頭の、アンがグリーンゲーブルズに置いてもらえるところまでをまとめたらうまい具合に1本の映画になるな、と思いついた」ことがきっかけで、高畑勲がつくろうと思った映画であり、つくるために「もし好評ならば、第2弾、第3弾も作れるじゃないですか、だから、その第1弾として作ってみたらどうでしょう、という提案」を本人自らしたようです。ただし、高畑勲はTVシリーズの総集編のことを「劇場用に作っていないんだから、52話分をいくら刈り込んでもロクなものにはなりません。有名場面を綴り合わせてお茶を濁すしかない。せっかく丁寧に描いた日常の魅力をみんな取り落としてしまう」といっているように否定的であり、ただ冒頭からグリーンゲーブルズまでの話をつなぎ合わせると映画になると思って、まず1本の映画をつくるために「第2弾、第3弾も作れる」という方便を使っただけで具体的に第2弾、第3弾の構想があったわけではないみたいです。たとえそれが事実であるとしても、『機動戦士ガンダム』のように『赤毛のアン』もTVシリーズから総集編3本つくられる可能性があったかと思うと、なんか面白いですね。だけれど、まあその結果は、上にも書いてあるように全然だめで残念ながら1本目の映画ですらお蔵入りとなりました。
 総集編映画以外の話で、高畑勲のアンのキャラ作りについての話が面白かったのでそれもここに引用します。まずアンのキャラクターデザインについては「骸骨のように痩せてて、目だけ大きくて、そばかすで、隣人のリンド夫人に「凄い子だねえ」と言われるような変な女の子の顔でなけりゃならない。それでいてどこか不思議な魅力もあり、骨格としては将来は美人になる顔でなくてはならないわけです」といったように高畑勲の注文は複雑で、キャラクターデザイン担当の近藤喜文は大変四苦八苦したようです。そして、アンの声優については、実は「島本須美さんと山田栄子さんの2人が候補として残ったんです。それで大半の人は島本須美さんを推しました。島本さんが本当にきれいな声だったからです。原作にもアンはきれいな声だとあるし、当然島本さんですよね。しかし、僕は山田さんを選んだんです」と高畑勲は語っています。島本須美はクラリスやナウシカの声優の役をやったことで有名ですが、なぜ高畑勲が山田栄子を選んだかというと、「ユーモアと客観性に関係するんです。この作品にはユーモアが必要。澄んだ声でエロキューションも一流だと、すんなり身に合った台詞に聞こえてしまうのではないか。でもアンはある意味背伸びしてるんだし、子どもにしては言葉を飾りすぎるわけなんだから、それをちゃんと感じさせたい。そう考えると、山田さんの声のほうがいい。彼女には失礼だけど、まだ上手でもない。でも、その一所懸命さがいい方に働くに決まっている。一所懸命背伸びした物言いをしたり、子どものくせにあんなことを言ったりして……というようなことが醸し出すユーモアというのは、なかなか言葉の内容だけで伝えるのは無理なんです」ということだ。うーん深い。声の質や、発声のうまさだけで決めない姿勢は、本職の声優をあまり起用しない今のスタジオジブリ作品に似通う部分があると思いますが、はたして最近の宮崎駿作品(ここが重要です)で、上の高畑勲のような深い洞察の経て、俳優や女優などを含めた芸能人をキャスティングしているのでしょうか。個人的な意見ではありますが、私は高畑勲の映画を観て、キャラクターの声に違和感を感じたことはほとんどありません。でも、最近の宮崎駿の映画では、たまにうぬぬと首を傾げてしまうような声があることは否定できません。あまりこのことには深入りしたくないので、多くは語らないし多くを語るような資格もないですけど、問題の本質は本職の声優を使う使わないではなく、キャラに合った声を適材適所に配置すること、ただそれだけでしょう。スタジオジブリ映画の声のキャスティングは高畑勲に全部任せたほうがいいんじゃないかと半ば本気に思ったりしてしまいます。
 高畑勲の記事についてはこれまでにして、プロデューサーだった中島順三の記事で気になったことを挙げると、キャラクターデザイン担当でもあり作画監督でもあった近藤喜文がシリーズ後半で肺の病気になっても、仕事を続けたということです。「あの時の近藤さんに勇気ある決断をさせたのは一体何だったのか、ちゃんと本人の口から聞いておくべきでした。あの時入院治療を選択していたら現在の形で「赤毛のアン」は残っていなかったのは間違いないのですから」。高畑勲、宮崎駿の両氏に必要とされた近藤喜文が果たしたアニメーションへの献身に私は唯々感謝します。
 制作関係者以外には、「赤毛のアン」特集に寄せて、マンガ家の高橋留美子、駐日カナダ大使夫人のポーラ・ヴァイアンクー、アンと同じ名前の女優杏、子どもの時TVアニメ「赤毛のアン」をみて育った作家の柴崎友香、批評家の宇野常寛らの書いた記事があり、その人たちにとっての「赤毛のアン」が語られていました。

 『熱風』はフリーペーパーで無料なのですが、設置書店が限られているので、住んでいる地域によっては入手するのが困難かもしれません。ただ有料であれば定期購読できる方法はあるので、設置書店が付近になくて、でもどうしても『熱風』が読みたいという方はスタジオジブリ出版部のサイトページをご覧になるのをおすすめします。
※バックナンバーは取り扱っていないようです。

 
 
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テーマ:スタジオジブリ - ジャンル:映画

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  1. 2010/06/11(金) 08:01:56|
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